渡辺恒雄氏 ブレーキ踏んだ保守のドン

2006年01月30日

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矢木隆晴撮影

 いささか手前みそで恐縮だが、正月に発売された月刊『論座』2月号は、飛ぶように売れた。読売新聞主筆の渡辺恒雄氏が私との対談で痛烈な「靖国批判」を展開。「朝日との共闘」として大いに話題になったからだ。

 渡辺氏の弁は例えばこんな風だ。

 「靖国神社の本殿の脇にある、あの遊就館がおかしい。(略)軍国主義をあおり、礼賛する展示品を並べた博物館を、靖国神社が経営しているわけだ。そんなところに首相が参拝するのはおかしい」

 「小泉さんは政治をやっているんであって、イデオロギーで商売をしているんじゃあない。国際関係を取り仕切っているのだから、靖国問題で中国や韓国を敵にするのは、もういい加減にしてくれと言いたい」

 読売新聞は昨年6月の社説で、首相の靖国参拝に反対の姿勢を打ち出していたが、それとは比べものにならない歯切れのよさだ。対談は「どっちが朝日新聞かわかりません」と私が冗談を言うほどの展開で盛り上がった。

    ◇

 憲法改正の旗を振り、イラク戦争を支持するなど、読売新聞が朝日新聞と対極的な路線をとってきたことは言うまでもない。今年80歳を迎えようという渡辺 氏は、いまも読売グループの会長であり、保守政界にも大きな影響力をもっている。それが靖国問題で朝日新聞と手を握るとは……。

 だからこそ、反響が大きかったのだろう。対談は様々な国内メディアに取り上げられたほか、中国や韓国でも「日本の二大新聞が……」「保守新聞・読売の渡辺会長も……」などと大きく報じられた。

 コロンビア大のジェラルド・カーチス教授や、MITのリチャード・サミュエルズ教授といった米国有数の知日派が驚いてメールをくれた。

 「渡辺氏は保守でも過去の軍国主義に強い反感をもつ世代の典型ですね。心配なのは、保守的な若い世代にそんな生理的反発がないことでは」

 「戦争責任の検証に朝日と読売が協力することで、アジアとの深い和解が可能になりますように」

 といったコメントつきである。日本の歴史認識を疑わせてしまい、アジア外交を行き詰まらせてしまった首相の参拝を、日本のために心配する欧米人は少なくないのだ。

 実は、読売新聞の社説もかつてA級戦犯の合祀(ごうし)を「まったく残念な出来事」(79年4月)と強く批判。86年8月には「傷跡をう ずかせる『戦犯』合祀」という社説で「わが国のため、甚大な被害をこうむった中国などの心情も考える必要がある」「いまわしい戦争のことを、忘れようとし ても、忘れられない人たちの感情に配慮するのは当然である」と書いていた。

 ところが、その後の読売の保守化の中で、最近は「首相はもう参拝を中止できない」(01年8月)「他国からとやかく言われる筋合いはな い」(04年1月)などと、中韓両国からの圧力批判にすっかり重点を移していた。それが今回、あくまで日本自身の問題だとしながらも「靖国問題で中国や韓 国を敵に回すのは、いい加減にしてくれ」と渡辺氏が言い放ったのだ。

 もちろん、この間の読売の保守化路線そのものが、全体として渡辺氏の主導だったことは疑いない。自ら語るように、自民党政権への与党的意識もあってのことだろう。最近では小泉政権と呼吸を合わせるように、イラク戦争も強く支持してきた。

    ◇

 だとすれば、渡辺氏が踏んだ今度のブレーキは、自らも関与した言論状況の右傾化が行き過ぎて、危険水域に入ったと見てのことではないか。

 東大総長だった故・林健太郎氏がよい例だが、かつては「反共」のタカ派でも、満州事変以後の日本の行為を不当な「侵略」だったと認めるの が知識人の常識であり、節度であった。産経新聞にせよ月刊『正論』や『諸君!』にせよ、そうした点は踏まえていたはずなのに、いまは「侵略」だったとすら 認めぬ言説で覆われがちである。

 朝日の読者はよく知るまいが、読売新聞はいま日本の戦争責任者を自ら洗い出す検証シリーズを紙面展開している。さて、どういう結論を出 すのかこちらも注目しているところだが、いずれにせよ「保守」を自認する読売が極端な右派と一線を画そうというのだから、これは大きな意味がある。

 さて、首相の靖国参拝をめぐる世論が割れる中、少なくとも新聞は、いまやほとんどがこれに反対している。

 もとより世論も言論も多数派が正しいとは限らず、少数意見も大事なことは言うまでもない。かつて日露戦争に幕を引くポーツマス条約が結ば れたとき、その内容が屈辱的だと怒る世論が沸騰し、民衆が暴徒と化して首都に戒厳令が敷かれた。新聞が世論をあおった100年ほど前の罪深い経験だ。外交 で譲歩を迫られた時、熱い世論は得てして政府の足を引っ張る。

 しかし今度の場合、多くの言論が首相の頑固な対外姿勢をいさめているのだ。中韓とにらみ合ったまま持久戦を続けたところで、それで勝つには国内世論も国際世論も支持が弱すぎる。戦争も外交も引き際が難しくて、しかも最も肝心なことなのだが。

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